メキシコ交換留学日記
メキシコ交換留学中の高校生が不定期にメキシコでの日々をつづっていくブログ。


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Author:CeroOchoMX
ただいまメキシコに留学中です。



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豚インフルエンザについて、現地の状況
日本でもかなり騒がれていますが、新型インフルエンザについてです。

4月24日頃からニュースになり始めた新型インフルエンザですが、最初日本の友人から聞くまで存在を知りませんでした。その時点ではまだほとんど情報もなく、周囲の人もほとんど何も知らない状態。とにかく日本語のホームページを当たって自分でいろいろと調べていましたが、情報が錯綜しどれが真実か分からない状態でした。この時点で首都周辺では学校を閉鎖したりしていたようです。

そして土日をはさんで月曜日、社会が動き始めると同時に週末の間に国民にニュースが広がったこともあり一気に様々な話が出始め、その日の午後には全国で次週の火曜日までの休校が決定され(テスト期間中でしたのでテストは先延ばしに)、集会等は禁止、レストランなどは休業となりました。とにかく自宅で普通に過ごしていること、できるだけ外出は控え外出時はマスクをする、とにかく手洗いをする(うがいは話を聞きません。ちなみに今までうがいをするメキシコ人には一人しか会ったことがありません)、握手やキスの挨拶はやめる、などが言われ、テレビ・ラジオは完全にその話で持ち切り、とにかくどこでもかしこでも同じことが言われ、MSNメッセンジャーでチェーンメール方式で知り合いに「インフルエンザ予防10か条」を流すように、というメッセージが来たり(たぶんほぼ全国に広まっていたと思われます)、とにかく大騒ぎでした。

市内でも症状の疑われる人が1人でた、州内では8人、などという情報もあり(のちに全員陰性であることが判明)、みなそれなりに怖がっていましたが(それでもそこまで外出者が減ったわけではないようです。というより、みな行く場所がなくなったから外に出なくなった、という方が正確かもしれません)、3,4日もすると情報も少し正確になってきて、とりあえず州内では感染者は出ていない、という話になったので、マスクをしている人はちょこちょこいましたが、それなりに普通の状態になっていました。そのころになると禁止されていたパーティーもだんだん行われるようになって(メキシカンはパーティーがないと生きていけない人種なのかもしれません)、人々の恐怖はかなり薄れていました。むしろ、日本の方がまだ感染者がいなかったからこそ国内に入ってくるのを恐れてみんな怖がっていたように思えます。

最近一人アメリカからの帰国者でついに出たようですが。で、水曜から学校が再開されるはずでしたが、月曜か火曜に政府が1日延長を決めたので木曜からになりました。学校では放課後に塩素系の消毒液爆弾で全校を消毒するなど相変わらず警戒態勢は続いていますが、全体的に国内ではもう下火になったようで、人々の生活はほぼ普通にもどったといえます。ただし、学期の終わりに近かったこともあり、授業数の確保ができないということで5月のスチューデントウィーク(授業がほぼなくなり、校内での"Reina(女王)"決定選挙戦などいろいろなイベントが行われる)はなしになり、同時にその週の最後に行われるはずだった全生徒が待ち望んでいたパーティーも学校がなにかあったときに責任が取れないため取り消しになりました。帰国前最後のイベントで楽しみにしていたので非常に残念です。

話は変わりますが、日曜日は母の日でしたね。こちらではカーネーションを贈る習慣はないようですが、土曜の夜中、日付が変わってから母親に歌を歌う(メロディーは誕生日の時に歌う曲と同じなのですが、歌詞が少し違います)習慣があり、友達たちと10人ぐらいでギターやアコーディオン、打楽器などを用意してそれぞれの家の前で歌う、というのをやりました。当然ほとんどの母親は寝ているわけで、それを歌ってわざわざ起こして(そこが"ミソ"なの、と言われました)おめでとうをいう、終わったら次の家へ、というのを繰り返して全員分終わった時には朝の4時半でした。うちのホストマザーはケーキ屋なので「母の日ギフト」を大量生産しなければならず、お手伝いさんたちとともに徹夜でした。

昨日最後のスチューデントレポート用紙が届きました。少し遅いような気もしますがそろそろ荷まとめも始めています。あと1か月・・・ 帰ったら受験が待っているので目一杯楽しんで行こうと思います。

第11回 帰国までのカウントダウン開始?!
ここ数日いきなり暑くなってきました。夜は扇風機がないと寝られません。ついに夏到来でしょうか。エアコンが去年の秋に壊れてしまったのを修理していないので早くしないと部屋が蒸し風呂に・・・。

4月の第2,3週は聖週間とイースター休暇で2週間丸々バケーションでした。最初の週はグアサベ市の近くのLas Gloriasというビーチに1週間弱行きました。市から近いこともあり、この時期にはグアサベ市内よりこちらの方が人口が多くなる、というほどで、人がたくさんいましたし、市内のレストランはみんな屋台を出して一時的に引っ越しするほどでした。今年は来た人の数の記録かなにかを更新したようです。ただ、ホテルは1件しかなく、たいていの人が自分の別荘か他人の別荘(あるいはその庭にテントを張って)で暮らしていました。1件当たり土地と建築費用合わせて見積もって500万円程度で買える、とのことですが、それにしても友達がほとんどみんな家を持っているというのはやはり僕が私立校に通っているからでしょうか。

もともと、メキシコは北部と南部の経済格差が激しく、北部は比較的白人系の裕福な人が多く、南部はその逆で先住民系の人が多い、というのも関係しているとは思いますが(実際メキシコシティに行った時いわゆるメスティーソの平均的な肌の色が濃かったです)。

で、ビーチには砂丘があって、そこを4輪のバイク(日本語だとなんていうんだろう?)で縦横無尽に駆け巡ったり、海に入ってみたり(さすがに4月上旬なのでまだそれなりに寒かったですが)、ひたすら中央通りを車で行ったり来たりしたり、夜はたき火をやったり・・・。ときどき暇なこともありましたが基本的にすごく楽しめました。

そして、次の週は少し休んでから週の後半は州内にあるメキシコ太平洋岸有数のリゾートMazatlanに行きました。州第2の都市だけあって、かなり大きいし(シナロア州だけでたぶん面積的には四国ぐらい、あるいはもっと広いかもしれません)アメリカから車で来ているリゾート客もいっぱいいました。グアサベには大きなショッピングモールがないので、服を買ったりメキシコ土産を買ったりしました。当然2週間も海の近くにいたら日焼けするだろうと思ったら、思ったほど日焼けせずに終わってしまいました。少し残念です。

ちなみに5月4日に同じくASSEでカナダに行っているホストブラザーが帰国するので、またMazatlanの空港まで家族で彼を迎えに行く予定です。Mazatlanからの帰りには州都のCuliacanに寄って、エリアレップさんに会って生徒への質問用紙に記入したり、ニュージーランドとフランスからの留学生と知り合ったりしました。そんなこんなで休みが終わったら早速4月の定期テストです。毎月1回テストがあるのって月に1週間はテスト勉強しなきゃいけないということなので結構大変です。ただ、そのテストも残すところあと2回(!)メキシコにいられるのもあと1か月ちょっとです。着実に帰国の日が迫ってきているのを感じます。

今、日本でも4月に映画が公開されたトワイライトをスペイン語で読んでいます。500ページある(日本だと1巻分が3巻に分かれて出版されているようです)のに2週間で60ページしか読めていないので、はたして帰国までに読み終われるでしょうか・・・。

ただ、最初は1ページ読むのに辞書を20回とか引いて(丁寧に調べた単語にチェックまでつけて)いたのがだんだん面倒になりチェックをつけるのをやめてとうとう辞書を引くことすらよっぽどわからないところ以外やめてしまいました。だんだん慣れてきているのだと思うので、どうにか読みきって友達に返さないと・・・。


第10回 春?夏?冬?
お久しぶりです。3月は1回も更新できずにもう4月に入ってしましました。申し訳ないです。もう日本では新年度に入りましたね。みんなは進級するのにこちらの感覚としてはまったくそれがありません。

最近季節の変わり目で日中と朝晩の気温差が激しくて、昼間は夏、夕方は晩秋か早春、服の着方が難しくて2月の終わりにひいた風邪がまだ完治していません。周りでも結構流行ってます。最初1週間熱出して寝込んで、注射とかして熱は下がったのですが、そのあと咳が残ってしまい、薬飲んだり蜂蜜なめたりいろいろしてるんですが、なかなか治ってくれません。試験も重なったりして最近バスケ部に全く顔を出していません。今週末から聖週間(イースター休暇?)に入るので、たくさん遊びつつもしっかり休んで治したいと思っています。

聖週間というのはキリストの復活祭に関係した休みで、公的には1週間、実質2週間の休みになります。少しずれてはいますが日本の春休みみたいなものですね。たいていみんなどこか(海辺の別荘とか)に出かけるので、市内はほとんど人がいなくなるそうです。

WBC日本優勝しましたね。メキシコは惜しくも予選敗退、日本との試合は1回もありませんでしたが、周りの友達が僕がいるせいか結構日本の試合も気にしていて、みんなでわざと韓国を応援したり(もちろんジョークです)してました。

最近、友達のバンド演奏(パーティーとか結婚式とか)にちょこちょこサックスやフルートで参加しています。もともとサックスが必要な曲なんてあまりないのであまり出番もないのですが、裏で聞いてるだけでも楽しいです。帰国までにラテンのリズムをいくつか覚えて帰ろうと思ってドラムやパーカッションを観察してます。実はラテン系の曲って木管より金管の方が出番が多いので、トランペットが吹ければよかったのに、とちょっと思ったりします。ラテン音楽にもサルサとかメレンゲとかいろいろあるんですが、どれも結構同じに聞こえてしまうのは、こちらの人にとって中国の音楽も日本の音楽も「アジ
アっぽく」聞こえるのと同じなのでしょうか。

今週末も二日連続で誕生日パーティーに誘われてます。あと3か月、目一杯楽しんでいこう!

第9回 イベントがいっぱい
時々冷え込む夜もありますが、日中は半袖でも汗をかくような日もあるようになってきました。季節の変わり目なので風邪をひかないように気をつけています。

14日は言わずと知れたバレンタインデー"Dia del San Valentino"でした。こちらでは"El Dia del Amor y de la Amistad"(愛と友情の日)といい、日本のように女性→男性の一方的な、あるいは女の子同士の「友チョコ」に限ったりはしません。仲のいい友達にお菓子や風船、メッセージカードなどを渡します。
うちの学校では金曜日13日の午後の授業をなくして全校でイベントの時間になりました。"amigo secreto"と言って、風船やカードを匿名で好きな相手に配達してもらったり、あるいは放送で愛の言葉を叫んだり、同じように匿名で好意を伝えたり。僕は40個入りの棒付きキャンディーの袋を2つ買って、みんなにひとつづつ配りました。家族には土曜日14日に別に一人づつ(お手伝いの人も含めて)お菓子の詰め合わせみたいなのを作って渡しました。「日本では男からは何もあげないんだ」って言ったら、「つまんない」とか「悲しいね」みたいな反応をされました。絶対にもらえるとわかっているよりスリルがあって面白いという考え方もできなくはないでしょうが、確かにちょっとさみしい人が出てきます。

そして、その土曜日は初めて「XV(キンセ アーニョス)」に行ってきました。XVというのは、ローマ数字で15、つまり15歳の誕生日。ラテンアメリカ全体の慣習ですが、女の子が15歳になる時には大人も子供も呼べるだけ呼んで、ものすごく派手で大きなパーティーをやります。みんなそれなりに盛装(あるいは正装)をして、食べたり飲んだり踊ったり、夜中まで大いに騒ぎます。
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そして、21日土曜日はクラスメイトの姉の誕生日パーティーで海岸まで行ってきました。砂浜で音楽を流してまた食べたり飲んだり踊ったり。正直、この3つはメキシコを構成する重要な要素だと思います。焚き火をたいたりもしました。4時半に寝て、日曜日9時に起床。そして午後3時半からは車で1時間ぐらい行ったところの街のパレードに学校から吹奏楽部として参加。練習が少なかった(というより誰も練習に行かない)のでかなり適当な演奏になってしまった曲もありましたが、それなりに楽しめました。そして初めてメキシコのかき氷を食べました。味はバニラとかパイナップルとかプラムとかがありました。バニラ味に上にメロンアイスを乗っけて25ペソ(150円ぐらい)。氷にバニラってどんなのだろうと思いましたが結構おいしかったです。

今回は社会の話で、ちょっと「海賊版」の話をしようと思います。海賊版と言えばCDやDVDが有名です。街中で、堂々とコピーDVDを並べて(ちゃんとケースにははいっていて、ケースのデザインもコピーですがついています)売っていたり、MP3の詰め合わせCDを売っている「お店」があったりします。と、ここまではまだ「そうなのか」で済む話です。しかし、世の中には信じられない海賊版があります。ガム。Tridentという有名なガムメーカーがあるのですが、そのパッケージをそのままコピーして、内側の包み紙まで似せて(デザインの大きさが違ったり紙が薄かったり)売っているんです。肝心のお味は、というと、普通のより硬くて、まずくはないけどやっぱりオリジナルとは違う。そこまでしてなぜコピー商品を売るのか。ブランドっていうのはやっぱり強いんですね。

そういえば、中川元大臣のニュースはメキシコのテレビでもやっていました。同じ日本人として、「アセトアルデヒトが足りないんだ」じゃ済まない、恥ずかしい話でした。あと、メキシコシティの空港に寝泊まりしてるノハラヒロシさんはそろそろビザの切れる時期でしょうか。あの人も不思議な人です。

ではまた。

第8回 もう冬も終わりです
一番寒い時期は1,2週間で終わって、もう少しずつあたたかくなりまじめています。とはいっても時々い日はありますが。

長い間更新していなくてすみません。ホストファミリーと一緒にメキシコ半分横断旅行に出かけたり、試合直前でバスケットの練習が増えて疲れてたり、なにかと忙しくしていました。

では早速その旅行の話からしようと思います。1月18日にパパとママ、姉と僕の4人で車に乗って出発。目的は姉の医療検査をしにメキシコシティの病院までいくこと。太平洋岸にそって南へ、メキシコ有数のリゾートMazatlanを通りすぎてその日はナヤリ州の州都Tepicで1泊。二日目は朝早起きして、途中のGuadalajara(メキシコ第2の都市。日本でいうと大阪みたいなところ)の市場で遅めの朝食(昼食みたいなボリューム!)を食べて、ミチョアカン州都モレリアへ。
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コロニアル建築の多い市内を観光して、1泊。次の日はまっすぐメキシコシティへ。昼ごろに到着、病院へ。姉はなんの病気だかよくわからなかった(スペイン語なので)けれど、大したことはないみたいでした。4月ごろに治療をはじめるとかなんとかいうことです。
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メキシコシティでは親戚の家に2泊、二日目は家族全員で中心部を見て、三日目は一人で(みんなが興味がなさそうだったので)博物館・美術館を見て回りました。人類学博物館はかなり見ごたえがありました。街のイメージとしては「山に囲まれた東京」みたいな感じ。最も、スラムの方とかにはいっていないので、自分で見た部分だけですが。

メキシコシティ三日目の午後にはもう出発して、少し南に行ったところにある「常春の街」Cuernavacaの伯母の家へ。そこでも2泊、ちょっと山の方の観光名所に行ったり。Cuernavacaの教会には秀吉のキリスト教弾圧(宣教師の処刑)の壁画がありました。そして帰り、San Miguel de Allendeに1泊。
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小さな町でしたが街並みが常に写真を撮り続けたくなるような美しさでした。Guadalajaraにもう1泊、Tequila町に寄ったりしながら最後Mazatlanで叔母の家に1泊して、1月28日帰宅。ちなみに、テキーラはテキーラ町周辺で作られたものしか認められません。テキーラの原料のAgave Azul Tequilana↓
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そして、帰って翌々日30日が誕生日だったので、友達の家の広い庭を借りてパーティーをやりました。DJ呼んでタコス屋さん呼んで、友達が途中出入りも含めると50人ぐらいきて、夜中の1時頃まで続きました。たぶん2度とこんなことはできないと思います。
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そして、夜だけでなく昼間も学校で先生に授業を使わせてもらってホストママの作ったケーキをクラスのみんなで食べたり、各授業ごとにハッピーバースデーを歌ってもらったり(授業時間をつぶしたかったんだと思います)、とにかく楽しい誕生日でした。

先週末は州の3つの都市から高校生を集めてスポーツフェスティバルをうちの学校でやりました。種目はバスケット、サッカー、バレーでした。それなりに楽しかったのですが、土日にあまり休めなかったのと今週いっぱい試験なのでちょっと体力的に厳しいです。


そしてなんと、月曜は市内のラジオ局の番組に生出演してしまいました。そもそものきっかけは先週その番組内で「アジアの国々にはカミカゼの意識が文化として根付いている、女性の地位が低くて男性の身代わりになったり」なんて言っていたので「それはなんか勘違いしてるだろう」と番組に電話をしたところからなのですが、翌日電話でいきなり「月曜でてくれ」と言われ、出てきました。

話した内容は大したことではなく、グアサベ市に住んでみてどうだ、とか、日本のどこに住んでるの、とかだったんですが、ひとつだけ、前回電話した件に絡んで「日本での女性の地位はどうなんだ」と言われ、そのうえ「雅子妃」を持ち出され、日本の女性はみんなあんな風に虐げられているのか、のようなことを言われました。ちゃんと答える前に質問を切り替えられたのがちょっと悔しかったですが、なるほど、プリンセスはその国の女性の象徴として見られることもあるんだな、とその点は勉強になりました。

間違った印象を与えないように言葉を選んでいると時間がなくなってしまう、という状況は非常に話にくいということがわかりました。でも、これも経験を積むしかないんだろうな、と思いました。特に中途半端なスペイン語で、単語が出てこないと生放送なので焦ってしまい、なかなか難しかったです。でも帰国前にもう一回インタビューしたいと言われたので、次回はちゃんと用意して行こうと思います。

では、今回はこのあたりで。




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